厳島神社の森にひそむ廃墟「厳島聴測照射所」

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日本に未だ残されている廃墟を取り扱うシリーズ。
今回は、厳島神社で知られる安芸の宮島にのこる謎の遺構を調査します。

厳島の聖域に突如現れる廃墟

厳島聴測照射所・外観
廃墟の外観/出典:www2u.biglobe.ne.jp

世界文化遺産としても登録されている厳島神社(いつくしまじんじゃ)。
広島・廿日市市の沖合の島「厳島(いつくしま、通称:宮島[みやじま])」に鎮座している、日本を代表する名刹です。

この厳島は、島自体がご神体であり、聖域として扱われてきました。
しかし、戦時中には軍事拠点が置かれていた、と言うのです。

廿日市市が望む瀬戸内海は、廿日市市、広島市、呉市が並び、入江のような複雑な地形を形成しています。
当時呉市には海軍工廠があり、呉海軍工廠と言えば、あの戦艦大和を建造したことでも有名です。

当時、広島一帯は、日本軍の重要地点だったんです。

厳島聴測照射所は、戦時中の軍事施設

厳島聴測照射所・内部
廃墟の内部/出典:www2u.biglobe.ne.jp

この廃墟、名称を「厳島聴測照射所(いつくしま ちょうそく しょうしゃじょ)」と言います。
実は広島には今でも、軍事施設が多く残されています。
その中でも「聴測照射所」というのは、レーダー基地のようなものだったと考えられています。

当時の資料には、照射燈(しょうしゃとう)や空中聴音装置(くうちゅうちょうおんそうち)などが配備されていることが確認できます。
現在のようなレーダー技術が確立されていない当時、目視や聴覚による索敵が必要だったのだと考えられます。

※以下の資料を参考にしました。
厳島 聴音探照所(特設見張所)

しかしなぜ、神聖なはずである厳島に、このような施設が設置されたのでしょうか。
以下のマップは、厳島を南西方向から俯瞰した写真です。
厳島の手前部分山頂に、厳島聴測照射所は建設されていました。

Googleマップでの広島との位置関係
Googleマップでの広島との位置関係

厳島の向こう側には広島の市街地が広がっていますね。
広島の南東には、海軍工廠がある呉市があります。

海側からの防衛を行う意味で、夜間、潜んで進行してくる爆撃機を早急に察知する必要があります。
当時レーダーは無かったのですから、出来るだけ手前で、出来るだけ高い位置に観測基地を設けた方が、防衛には適していた、という訳ですね。

厳島聴測照射所は当時、活躍できなかった

しかし実は、厳島聴測照射所はその意味をなしていなかったようです。
資料では、以下のような文言がありました。

呉市に侵攻をうけた、昭和20年7月1日の記録です。

敵ハ我ガ照射機関ノ有無ニ関ラズ「レーダー」装置ニヨリ相当ノ精度ヲ以テ爆撃シ得ルヲ以テ我ガ照射機関ノ暴露ニ依リ敵ニ利スル所ハ殆ンドナカルベシト認ラルヽヲ以テ今後ハ積局的ニ照射機関ヲ使用シ之ガ捕捉ニ努ムルヲ要ス
出典:御床山

ちょっと難解ですね。
読みやすく書き換えてみましょう。

敵は、私たち(日本軍)の照射灯があってもなくても、「レーダー装置」によって高い精度で爆撃することが出来る。
つまり、私たちが照射灯で(我々の位置などを)バラしても、敵の利益にはほとんどならないと考えられます。
なので今後は、積極的に照射灯を使用し、(敵の)補足を優先する必要があります。
※意訳です。

当時日本では闇夜に潜んでの爆撃を警戒していました。
しかし聴測だけでは敵の動向を掴むことはできず、事前に察知する、というその役目を果たすことが出来なかったようです。

日本側からは「爆撃されるまで、敵の侵攻が分からない」という大変不利な状況。
当時の日本の困窮した状況が伝わってくるようです。

今は誰もいない廃墟に

厳島聴測照射所は、その他の戦争遺構と同様に、破棄されてしまっています。
厳島は戦後、GHQの管理下に置かれました。
しかしその上で廃墟として建物が残っているのは、取り壊す手間すら掛けられない状況だったのではないでしょうか。

廃墟巡りまとめ

いかがだったでしょうか。
ただの廃墟だと思われた建物も、当時の建設目的や破棄されるまでのストーリーを知ることで、まったく違う印象を持つものです。

それではまた、廃墟の旅でお会いしましょう。

佐藤 ファミ男

佐藤 ファミ男 団員

屁理屈好きの30代妻帯者。チルファンで三度の飯よりWikipediaが好き。

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