「カンフーブーム」

ブルース・リーやジャッキー・チェンが築きあげたカンフーのイメージ。当初は中国空手程度の認識だった、カンフーは市民権を得て日本中を席巻していった。

第一次カンフーブーム

カンフーブームの始まりは、1973年の「燃えよドラゴン(ブルース・リー)」。この映画のヒットを受けて日本でカンフーブームが始まるのである。

【松田隆智】日本の中国武術界のパイオニア

動画は、松田氏による「陳氏太極拳 小架式」の演武

日本でブルース・リーによっておきたカンフーブームの影で、既に中国武術を習得していた男がいた。その名は「松田隆智」。
空手や日本古武道などを幼少期から修め、強さを追い求めてきた氏は、中国武術に興味を持ち、まだ中国と国交がない持代、渡航可能な台湾にて修行を開始。
中国共産党から逃れ、台湾に流れ込んだ国民党が多く、当時の台湾では日本人はとかく嫌われていたそうだが、奇縁により大陸伝来の武術を身につけることができた。

蘇昱彰 氏による穿弓腿当時、この写真は日本の中国拳法愛好家に衝撃を与えた。(出典:axshin1971年には、台湾「武壇」の蘇昱彰に拝師し、日本では「少林寺拳法」や健康法としての「太極拳」ぐらいしか知られていない中、陳家太極拳、八極拳、蟷螂拳などの中国武術を自著「謎の拳法を求めて(1975年刊行)」において初めて紹介した人物である。
映画、ドラマ・漫画と様々なメディアでカンフーを取り入れればヒットする世の中で、彼が監修やアドバイザーとして関わってきたものは数多い。
有名なところでは、漫画「男組」、映画「刑事物語」の武術指導、ひらけポンキッキ「カンフーレディ」での演舞などなど多数

先程の季刊誌「武術」の創刊にも携わり、その後の日本中国拳法界を牽引してきたのは間違いない。
今でこそ有名な「発勁」という言葉もこの方の著書がなければ、広まることはなかったことだろう。

2013年7月24日 残念ながらお亡くなりになられたが、その功績は偉大。

カンフー映画の爆撃期、第二次カンフーブーム

ジャッキーもカンフー武侠映画から現代ものに方向転換し、日本では以前に比べると落ち着いてきたもののまだまだカンフー隆盛時代。
様々なカンフー映画が公開される中、その後の日本のメディア界に多大な影響を与えた漫画が連載される。

リアルカンフー漫画「拳児」の登場

1992年、原作:松田隆智、作画:藤原芳秀による松田氏の著書「謎の拳法を求めて」を元にしたカンフー漫画「拳児」が少年サンデーで連載開始。
松田氏の著書「謎の拳法を求めて」を元にしたこのカンフー漫画は、そのリアルな拳法の描写や修行風景などが受け、多くの青少年を虜にした。
当時の編集部には、松田氏に弟子にしてほしいとの手紙が大量に届いたそうな。

それ以前にもカンフーを題材にした漫画は多数あった。例えば、「熱拳カンフークラブ(コロコロコミック)」、「一撃拳(少年ビッグコミック)」、「男組(少年サンデー)」、「鉄拳チンミ(月刊少年マガジン)」などなど、各紙でこぞって題材にしてきたのだが、この『拳児』だけは他とは一線を画していた。
具体的な技術や実際の套路とうろ(型)や練習方法など、憧れはあっても具体的な情報を知らない人々を熱狂させたのである。

この作品の中心である「八極拳」及び「李書文」などは、拳児以降多くのメディアに登場し、多大なる影響を与えた作品。
バーチャファイターイメージ出典:GOOD SMILE COMPANYバーチャファイターの主人公「結城晶ゆうきあきら」の使う八極拳はモロに拳児の動きそのまま。ちなみにこの「アキラ」という名前は松田氏の師である「蘇昱彰」氏の日本統治時代の名が由来であるという話もある。

この作品に出られた武術家の多くは実在の方で、当時存命の方々は名前を少し変更して登場されている。
いずれ、この辺りは別で記事にしたと思う。

この作品によって落ち着いてきていたカンフーブームも再び火が付き、日本各地の道場で「八極拳」が指導されていくようになる。
この時期のカンフー映画は、リー・リンチェイを中心に「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ 天地黎明」「マスター・オブ・リアル・カンフー 大地無限」「酔拳2」など、それなりにではあるがコンスタントに公開され続けていた。
この頃のジャッキーはコンスタントに出すものの、近代アクションに軸を移していたのは少し残念。

拳児の功罪

拳児16巻出典:打投極速報リアリティ溢れる描写がウリではあったものの、やはりそこは漫画。実際とは若干異なる描写も多く、「型だけやってれば強くなる」「発勁さえできれば楽勝で勝てる」などなど、勘違いしたまま入門し現実との違いにすぐ辞めていくものも多く見受けらた。
当時、筆者のいた道場では極真空手から自身の枠を広げる為に入門された方が多く、組手(そこでは搏撃はくげきと呼ばれていた)の時に死ぬほど痛い思いをしたものです(苦笑)。
その後、やれ中国武術は使い物にならない、妄想武術だなどと揶揄されるようになり、格闘技ブームの到来とともにそのブームはひっそりと息を潜め始ていった……

格闘技ブームの到来

1993年以降、「K1」に始まる格闘技ブームの到来により、カンフーなどの幻想が打ち砕かれ始める。
リングの魂(NTV)内でも「極真vsカンフー」が放送され惨めな姿を晒すなど、実際の格闘技界で活躍しない出来ない、中国拳法や合気道などがどんどんと衰退し始めていく。
活躍の場はもはやアニメやゲームの中だけといった具合。

カンフーブームの終焉

前述のように、カンフーは格闘技ブームに追いやられ、映画か漫画やアニメ、ゲームなどでぐらいしか見かけることが少なくなってきた。
そんな中、1999年前後ぐらいにインターネットの普及によって、各武術家がネットに登場しはじめる。

格闘技★闘論会などのWEBサイトの隆盛

画面キャプチャ
今はなき、格闘技★討論会のキャプチャー

web創世記の時代、この格闘技★闘論会は武術界隈では流行っていたサイト。当時参加されてた錚々そうそうたるメンバーは、現在の武術界で活躍されている大物の方々が多数おられた。
その筋の方なら、お名前を聞いて驚くような方も多く参加しておられ、実際多くの交流が行われていた時期です。筆者も当時良く覗かせていただいていた。
中国拳法の各流派の若き学習者の方々も各々サイトをを立ち上げ、各々で交流が開始され始めた時代だった。

webによって新たな交流手段が出来始めると、それまで秘密とされていた技術などが披露され始め、それまで漫画の中だけでしか見たことのない伝説の世界が本当にあるということを証明し始める。
この交流や技術公開などが、2000年代前半の中国武術界を牽引していく。

護身術ブームの到来

格闘技のブームが落ち着き始めたころ、今度は海外の様々な軍隊格闘技に注目が集まり始める。クラブ・マガやシステマなどがそう。
システマなどは、まるで中国武術や日本の古武術のような動きをもって相手を制する技術であるが、その練習内容や考え方などカンフーに合い通じるところもあり、現在もっとも注目されている武術である。

そして現在

カンフーブームと呼ばれた物、それはまだ未知の世界であった中国だったからこそ起こり得たもの。松田隆智氏たちによって次々と発掘された数々の中国武術は、掘り尽くされた感がある。
情報過多な現代では、もう誰も知らない謎の拳法を求める時代ではなくなったいうことなのだろう。

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